数字もいいけど現場の知識

By | October 3, 2019

事業計画書の手本的なお作法として
「業務効率改善」「効率化と人件費削減」「しかるして市場価値は」
という文脈はよく見る。
全くもって間違っていないし、それが無ければ会話できない(会話してくれない)種族の人もたくさんいるのでぜひ整えて欲しい。

しかし、ここではその後にある「誰もが出くわすちょっとした裏側」の話をしたい。 これは全然勿体つけるような大層なものではなくて、誰もが事業に対して一歩二歩あゆみを進めたら絶対に出くわすのだ。

例えば、BtoBのビジネスをイメージしてみよう。
あるサービス業界をターゲットとして「業務効率がこれだけ改善するソフトウェアツール(ここでは仮にアプリAとでも置こう)を作りました!」と売り込むとする。
すぐさまあなたは業務責任者か外部ツールの採用判断権限を持つ部門の担当者(B担当課長とでも置こう)にアプローチする。 決裁権限を持つ人へのコンタクトを目指して人脈を作り、ついにそれが叶ったとする。彼は(C事業部長とでも置こう)とても気に入ってくれた。

C事業部長が言うには役員会議にかけてくれることが決まったらしくあなたはその結果を心待ちにする。 しばらくしてB担当課長からまずは彼らの拠点の一部で試用評価するプランを提案される。いわゆるPoCだ。当然一時金はもらえる。 あなたは小躍りして早速導入準備を進める。
だが気をつけよう。この段階ではまだ全然赤字なのだ。

C事業部長からのリクエストはこうだ。 「キミたちの想定通りに業務効率が改善できることを数字で示して欲しい。それができたら全拠点に導入する」 このPoCの成否が会社の浮沈を握ることになる。あなたは張り切って現場へと乗り出すのだがここでいくつかの典型的つまずきに出くわす可能性が極めて高い。


1. 現場に認識されていない

C事業部長はB担当課長に「あとはよろしく」と伝えて担当課長は現場をコントロールしているDマネージャー(施設や部門の責任者)に話をする。 ここまでならある程度話は通じているかも知れないが少なくともDマネージャーの理解度は

B担当課長>C事業部長>>Dマネージャー

となっている。
どういう意図でPoCをやるかくらいは「聞いている」程度で、C事業部長がどういうゴールを設定しているかなんて知らないが、一応マネージャーの職責として現場のEリーダーには導入の1ヶ月前程度には伝える。 Eリーダーはとうとうあなたの会社やPoCするツールの名前すら記憶におぼろげかもしれない。なにせ現場は日々忙しいのだ。 2, 3週間前にツールの使い方のミーティングがセッティングされ、Eリーダーはようやくあなたたちが何者なのかきちんと理解する。しかし依然PoCのゴールや意義は理解していない。 あなたはひたすらツールの使い方について懇切丁寧に説明するが、Eリーダーは終始「これはなんのためにやるんだろう?」と疑問顔。

さて、このPoCは上手くいくだろうか?答えは否だろう。


2. 現場の反発を食らう

とにかく現場は忙しい。
新規ツールの導入のテストを受け持つチームというのはどこの会社でも大抵固定化されている。でも彼らは「そのためのチームではない」普段の業務があるのだ。その彼らに使い慣れないツールの使い方を覚えさせられて、普段の業務にプラスしてドキュメントを熟読させられて、業務の最後にアンケートやら書かされて、、、
反発しない方がおかしい。
彼らにとってあなたは敵そのもので、Eリーダーはなんとか「まぁまぁそこをよろしく頼むよ」くらいのことをメンバーに言ってくれるかもしれないが、結果はやはり芳しくない方向に傾くことだろう。


3. 現場にとって有り難くないことが判明する

そしてこれが最大の悲劇。
あなたは反発をする現場のメンバーたちに嫌悪感すら抱く
「こんなに便利なツールを作ったのになんでもっと快適に使ってくれないんだよ!」「お前らの使い方が悪いんだよ!「マニュアルくらい読んでからいじれよ!」いわんや。
しかし、気をつけて彼らを観察してみよう。
例えばこんなケース。彼らの業務は日中ほとんどデスクに座ることがなく、PCの画面を眺めることは僅かだ。それもスケジュールの確認やメールチェック、伝票の処理といった事務仕事程度で業務全体の負荷のうちでごく僅かだ。あなたのツールは非常に便利で彼らのデスクに座る時間を短くしてくれるかも知れないが、

ただでさえ短い時間をさらに短くしてどうするのか?

彼らのペインはむしろ「デスクに座って落ち着いて仕事をすることがほとんどできない状況」をどうにかして欲しいということだったのだ。

これは現場を訪問して半日座っていればすぐにわかる事実だった。
あなたは数字上のジャグリングに意味がないことをここでようやく理解する。


さて、このようなシミュレーションはやや抽象的であれど(それは意図的だから)冒頭のとおり「誰もが出くわすちょっとした裏側」なのだ。
「ちょっとしたついたての向こう側」くらいの表現が正しいかも知れない。

どのようにすればこれらの事態が回避できるのだろうか? 非常に簡単だ。

– ターゲットとなる現場で働いたことがある人間をメンバーに入れる
– ターゲットとなる現場にとりあえず行く

これだけだ。
最終的に華々しく成功したスタートアップですら「あの時は現場に全く必要とされていないサービスを作ってしまった」という経験談を語ることはとても多い。 みな一度や二度そんなことをやって、後悔して、次からは改める。
これを読んだあなたは是非1回目から自分の状況を見直してみて欲しい。

またこの状況の体系的な理解としてよいキーワードを持ってくると以下のとおり

「ステークホルダーは何階層にも渡ることを理解せよ」だ。

経営者は数字の改善で納得する。
事業部長は経営者が心地よくなる数字が提供できそうであれば納得する。
担当課長は自分のミッションに即した成果が出そうであれば納得する。
現場責任者は下から文句が出ないことをとにかく願う。
リーダーは上からの指示なら仕方がない、と言いながら実際に自分たちのためにならないなら不要だと考える。
メンバーはとにかく忙しいので常にそれをどうにかして欲しいと訴えている。ちょっとでもやることが増えるなら即座に拒否反応を示す。
サービスの被提供者(クライアント)は極力低い対価でできる限り良いサービスを受けたい。

それぞれ考えていることが全く違い、価値観も違う。
しかし彼らを全てキレイに納得させる必要があるのだ。
ビジネスプランを考える際、ついついある階層より上の人間の都合しか考えない傾向がどうしてもある。それはある意味合っているのだが(決裁権限者を押さえにいくのは交渉の基礎の基礎)それだけでは著しく不十分だということを知っておく必要がある。


> Author Profile
九頭龍 雄一郎 Yuichiro “kuz” Kuzuryu
エンジニア/経営者
日本の大企業での新事業立ち上げからシリコンバレーのスタートアップまで多種多様な千尋の谷に落ちた経験を持つ。
株式会社ClayTech CEO, Founder
株式会社EYS-STYLE 取締役
株式会社144Lab 取締役
東北大学客員教授
その他複数社の技術顧問、アドバイザーを務める
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