新卒は大手企業に入るべきか?スタートアップに入るべきか?

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大学の後輩に聞かれたので良い機会と思い整理してみる。
まず、私は新卒で大企業にいった人間だ。そして8年勤めた後、アメリカに渡ってスタートアップに入った。
色々感じるところはあったが、結論から言うと「どちらもアリ、ただ自分には大企業→スタートアップの流れは合ってたかな」と考えている。

さて、以下にツラツラと項目立てて書いてみよう。

技術

これは「大企業の方が分不相応な技術に触れさせてもらえる機会は多い」と言える。
あえて分不相応と書いたのは、スゴい技術を持っているスタートアップはゴロゴロしている。しかしそのスタートアップに入れる新卒は恐らくバケモノだ。
技術レベルが伴わない新卒はそんなスタートアップには入れないか、入れたとしてもその深淵に触れることは叶わないかのどちらかだ。
だが大企業は違う。「教育」という観点でド新人に分不相応なことをやらせて、ベテランがフォローしたり、もしくは平気で失敗させたりする。
これはひとえに会社の体力の違いだ。

特に巨額な投資と長い時間をかけなければ成立しずらい領域。半導体だったり素材開発だったり薬剤の分野だったり、そういう領域ではその差は顕著だろう。
反対にソフトウェアの領域ではその差は少ない。

新卒時の私はほぼソフト屋だった。専攻は電気電子なので当然ハードウェアを扱っていたがちょっと総合的で特殊な分野をやっていたのと、ソフトウェアで変わったことをしないと純粋なハードウェアのみの研究は成立しにくい時代でもあった。
しかしハードウェアのノウハウと経験を付けたかった私はあくまで専攻に沿って電気屋として就職したわけだが、その時点では、知識はあるが使い方を知らない、、、つまりほぼ素人に近かった。なのでこの時点で大企業の懐の深さに甘えさせてもらったのは正解だったと思っている。
そして8年を費やし、様々な経験を積むことができた。電気だけでなくメカも学び、ソフトではネットワークやRTOSとの関わりに年月を費やし、時には全くの門外漢なマーケティングや商品企画まで経験し、さらにプロマネとして製品を出した。そうして『多角的に戦える人材』としてスタートアップに入ることができたわけだ。

ルール、社会常識

オフィスで裸足、客先でもジーンズ、とかそういう話ではない。
そこら辺は本質的にはすこぶるどうでも良い話だ。

そうではなくて、例えば
PO(発注書)と言われてそこには何が記載してあれば良いのか?
価格交渉をするとして、どのくらいの数字なら吹っかけてもアリか?
見積もり、発注、納品、さて支払いはいつやるのが妥当か?
固定資産、安全管理、環境対策、部品廃棄、正しいやり方を知っているか?

こういうのは要するにノウハウなんてレベルではなく単なる『経験』なのだが、大企業には「お手本」があったり丁寧に教えてくれる先輩がいる。スタートアップ、特にアーリーなスタートアップではそんなのは自分で考えるものだ。
自分で考えて失敗することもある意味良い経験だが、スタートアップには往々にしてその失敗を笑って許せる余裕は無い。

シリコンバレーでスタートアップに入ったとき、ここら辺の事情を把握していない人間は多かった。もし仮に『メンバーの誰ひとりとしてわかっていない』ような状況だったとしたらゾッとする。そんな会社が製品を作るのは難しくなってしまうかもしれない。その程度の非常につまらない理由で。基礎能力に近いものだから身につけておいて損はなかったと思う。しかしこれはいつでも後天的につけることができる能力ではあるので、どのタイミングが適切かというと微妙かもしれない。

広い視野

大企業には色んなひとがいる。すげぇ尊敬できる上司もいるし、その逆にクソみたいな先輩もいたりする。前者はスタートアップにもいる(というかそういうスタートアップを選ぶよね。普通)なので問題は後者だ。
サボってばかりのひと、能力が大したことないクセに発言ばかり大きいことを言う人、要領だけで出世するひと、、などなど。若い頃ってそういうのに浮足立ったり憤ったりするものだけど、憤って憤った末に絶望せずに済めば「良い経験」にできる。色んなひとがいるのが世の中だし、彼らにも一分の理があれば意欲も使える能力もある。つまりそれをどうマネージメントするかというのが重要なんだ、と広い視野を持つことができるようになる。
しかしそれらに絶望してしまったり流されてしまったりすると恐らくそのひとのキャリアは残念なものになる。そして最悪の状況、「嫌いな環境、嫌いな同僚ばかりのクセに、そこから出ることは考えられない」が発生する。これもう社会人としては死んだも同然だ。
したがって、大企業で広い視野を身に付けるのは比較的忍耐が必要な話になる。

一方スタートアップでは、もうやっている最中から広い視野だらけで、逆に広い視野を持てない人はやっていけない。
まずスタートアップの大前提は『寄せ集め』だ。ルーツも違う、技能も違う、これまでのキャリアも全く違う連中が集まっているのが普通だ。なので価値観の相違は当たり前だ。
その中でどうやって上手くやっていくか。相手をリスペクトするしかない。それを前提として会話すれば、意見の相違は自らを振り返るチャンスであり、技能やキャリアの違いは自らに新しい技能や知識を取り込むチャンスなのだ。
加えてスタートアップでは常に外部に身をさらされていることが多い。シリコンバレーでは特にそうだったが、スタートアップにいる人間は自己紹介で自分のことを「◯◯(会社)の☓☓(名前)です」とは言わない。「☓☓(名前)です。あ、会社は今は◯◯(会社)に勤めてます」あくまで個人重視ということだ。そうすると自然と専門外の情報や別の業界の動向に生で振れる機会が多くなる。必然的に視野は広がることだろう。
また大企業の周辺は比較的平滑化された『優しい世界』である。スタートアップは逆に究極のピンキリ。
アホみたいな妄想を語っていただけの若者がたった数年で社用ジェットで移動するような生活に成り上がることもあれば、数100億円の資金調達をした会社がたった半年後にそれを溶かしきって経営者がボロックソに叩かれるようなこともある。見上げたアホもいれば、手酷いことをやらかしちまった尊敬できる偉人もいる。この苛烈なダイナミズムはある意味『とても豊かな人間の営み』だとも言える。

海外

アメリカに渡る方法というのは別のポストでも書いたが

ジャパニーズサラリーマンがシリコンバレーへ渡る7つの方法

もし「海外で働いたキャリアを手に入れたい」と思っていたらそれは大企業の方が遥かに確率が高い。
ベストは外資の巨大企業に入ることだ。迷う余地も無い。
当たり前だがスタートアップには金が無い。そして海外駐在員には極めて高額な金がかかる。話は以上だ。

私自身大企業を辞めてスタートアップに入る時に海外に渡るというわけわかんないキャリアを踏んでいるが、結局そんなわけわかんないキャリアなのでそれ相応の苦労を強いられたし、全くもってオススメできない。正直上手くいく確率も非常に低いと思う。

人脈

人脈の元は出逢いだ。出逢った後にそれをどう活かすかはその人次第だが、そもそも出逢わないようじゃ何も始まらない。
出逢いの機会は仕事とプライベートに大別できる。

仕事に関して言うと、大企業の方が『スゴい会社』と仕事ができるケースが多い。有名人や大企業のエグゼクティブとの付き合いができる可能性が高いのはこちらだろう。アーリーなスタートアップなんて社会的に見たらハナクソ同然の存在で、しばらくは対外的には虫ケラ扱いされる。仮に資金調達がうまくいってプロダクトを出そうとしても、大手の協力を仰ぐのは困難を伴うし仮にネゴするにしても立場はすこぶる弱い。しかし一度大企業に就職すれば会社の肩書きを借りて大抵のことはできる。昔某社に入社して数年した頃に同期の連中と話したことがあったが「うちの名前を出せばとりあえずどこの会社でも正門を開けてくれる」つまりきちっと入る会社を選びさえすれば対外的に邪険にされることはほとんどあり得ないのだ。

一方、スタートアップは『スゴいひと』と仕事できるケースなら多い、かもしれない。これは私の持論だが「尖った輩ほど野に居る」クレイジーな技術を持ちながら偏屈で、物凄いハイレベルな知識を持ちながら社会常識を知らず、もはや特殊能力と言うべき特異な分析能力を持ちながら自身の行動は不合理、、、そんな人間は得てして表舞台には出てこない。
大企業はそんな人間雇わないし、そもそも人間性的に怪しいやつは誰でも敬遠するし、他人にもオススメしにくい。しかし技能はスペシャルなものを持っている、、、というような人材との出逢いは多いように思う。やはりそういう奇矯な人間は最終的に自分で会社をやるか、同じようにクレイジーなやつらがいるスタートアップに収まるか、のどちらかだからだ。

さて、プライベートはというと、と言っても会社の仕事を半歩はみ出したプライベートという意味だが、やはりスタートアップの方が分厚い。何が分厚いかというと多様性と熱量だろう。スタートアップの利点のひとつは経営層に非常に近いということだ。大企業では考えにくいがスタートアップでは社長と飲みに行くことくらいしょっちゅうだ。そもそも人数少ないし。そうすると、社長は他の社長とつながっているケースが多い。業界、地域、年齢をまたいだ様々なつながりがある。社長とはそういうものだ。近くに居れるが故、その恩恵を容易に享受できる。日本では特に一度スタートアップに勤めた人間は今後の転職人生にBETしたに等しい。多種多様な人脈はその荒波を楽しく航海していくための必須条件だろう。
そして熱量。スタートアップやその界隈にいる人間のパターンは、
①夢と野心がある
②小さな会社で責任ある仕事がしたい
③「なんとなく楽しそう」という感覚に従って行動
④社長(やエグゼクティブ)に惚れちゃったからしょうがない
⑤普通の会社に馴染めない
だいたいこんなところだろうか。これ、⑤を除いて人材としては非常に面白い。爆発力のある『熱源』を持っているからだ。そういう人間と繋がりたかったらやはりスタートアップ界隈にいるのが好ましい。

私はキャリアを途中転換したため両者の人脈を持っている。
大企業時代に築いた人脈の信頼関係は固い。あてになるしお互いにとって使いどころが明確にある。
スタートアップ生活で築いている人脈はフワッとしてるし付かず離れずなんだけど、よくわからない期待感がある。
きっと両刀持っているのが好ましいのだろうとオッサンとしては思う。



さて、取り留めもなくツラツラ書いたがこれ以上書こうと思えばいくらでも書けるが書いたところでどうなんだろうとも思うのでこんなところで止めにする。未来への解答を持っている人間なんて本質的に存在し得ないし、それをしたり顔で言い切るのはなんとも興を削ぐ行為だ。
若者には期待する。でもオッサンの経験なんてアテにならん。確率で語っても仕方ない。感性を信じる。直感を信じる。自分の意思で決めたものに責任を取る。明日死んでも後悔しないように生きる。以上。

九頭龍 'kuz' 雄一郎 エンジニア/経営者, 日本の大企業からシリコンバレーのスタートタップまで多種多様な千尋の谷に落ちた経験を持つ。 株式会社ClayTech Founder/CEO, 監査役DX株式会社 Co-founder/CTO, 株式会社スイッチサイエンス取締役, 株式会社2nd-Community取締役, 東北大学客員教授, 東京工業大学非常勤講師, 武蔵野美術大学非常勤講師, 他複数社の顧問など。

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